東京地方裁判所 昭和39年(行ウ)16号 判決 1970年8月20日
原告 塩田猛
右訴訟代理人弁護士 鬼倉典正
右訴訟復代理人弁護士 牧野雄作
被告 通商産業大臣 宮沢喜一
右指定代理人 坂井俊雄
<ほか二名>
主文
被告が昭和三八年一一月三〇日別紙記載の通達に対する原告の異議申立についてした「異議申立ては認められない」との決定を取消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
原告は主文同旨の判決を求め、被告は「本件訴えを却下する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決および本案につき「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。
第二原告主張の請求の原因
一 原告は商品名を「ホワイト六折スケール」と称する合成樹脂製六つ折函数尺を製造、販売していたところ、通商産業省重工業局長は右函数尺に関し別紙記載の通達を発した(その要旨中、計量法とは昭和四一年七月一日法律第一一二号による改正前のものを指す。以下、同じ)。
二 そこで、原告は昭和三八年九月二七日右通達に対する不服申立書に提出したところ、被告はこれを異議申立てとみなし、計量法第一九八条所定の聴聞を開いたのち、同年一一月三〇日、右異議申立ては認められない」旨の決定をなし、同年一二月一七日付をもって原告に通知し、右通知は同月二一日原告に送達された。
三 しかし、右決定はその手続において計量法第二〇一条に、また、その方式において行政不服審査法第四八条、第四一条第一項に違反する瑕疵がある。すなわち、計量法第一九八条、第二〇一条によれば、被告は同法またはこれに基づく命令の規定による処分に対する異議申立てを受理したときは聴聞を開始し、聴聞に際しては異議申立人に対し当該事案について証拠を提示し、意見を述べる機会を与えなければならないのに、原告の右異議申立てについて昭和三八年一〇月三〇日午後三時から行われた聴聞において、議長は原告が異議申立人として意見を述べている最中、恣にこれを遮って閉会を宣し、結局、原告に意見を述べる機会を与えなかった。また、行政不服審査法第四八条、第四一条第一項によれば、行政処分に対する異議申立てについて決定するには理由を附さなければならないのに、被告が原告の異議申立てについてした決定にはなんらの理由も附されていない。
四 なお、前記通達は形式こそ通達ではあるが、実質的には原告の製造、販売にかかる前記函数尺が計量法第一二条の計量器に該当し、しかも非法定計量単位による目盛を併記しているので、これを販売または販売のため所持することは同法第一〇条に違反する旨の有権的判断を示して、同法第二三一条(第六三条違反)、第二三五条(第一〇条違反)の罰則をもって、その製造、販売を禁圧しようとする行政処分である。そして、原告は各都道府県計量検定所長が右通達に基づき、こぞって右函数尺の販売業者に対しその取扱い中止方を勧告したため、その販売予約の注文を相次いで解約され、莫大な損害を蒙った。したがって、右通達は行政争訟の対象とするに足りるから、原告はこれに対してした異議申立てについて被告がなした決定の取消しを訴求する法律上の利益がある。
よって、右決定の取消しを求めるものである。
第三被告の主張
(本案前の抗弁)
原告が被告に対する異議申立ての対象とした原告主張の通達は国の行政機関の間における所管事務についての指示にすぎないものであって、直接私人の権利義務に影響を与える公権力の行使ではないから、原告がこれにより、ひいてはまた右異議申立てについてなされた決定により、その権利ないし利益に侵害を受くべきいわれはない。したがって、原告が右決定の取消しを訴求する法律上の利益はない。
(請求原因に対する答弁)
前掲請求原因一、二の事実は認める。ただし、原告主張の通達は通商産業省重工業局長が原告の製造、販売にかかる函数尺の販売について行政庁としてなんらかの措置を必要とするか否かについての判断の資料を得るため、各都道府県知事に対し右函数尺に関する一応の見解を表明して、その販売の実体調査およびその結果の報告をなすべく指示したものであって、右函数尺の販売の取締りを命令したものではない。同三の事実中、原告の異議申立てについて行われた聴聞においてその議長が原告に意見を述べる機会を与えなかったとの点を除くその余の事実は認めるが、右に除外した事実は否認する。なお、被告は行政不服審査法の運用に不慣れのため、本来不服審査の対象とならず、したがって聴聞を開くまでもなく却下さるべき原告の異議申立てについて聴聞を行なったものである。
第四証拠関係≪省略≫
理由
一 本案前の抗弁について
原告が被告に対する異議申立ての対象とした別紙記載の通達が私人の権利義務もしくは法律上の地位に直接具体的な影響を及ぼす行政処分として争訟の対象となり得るか否かはさておき、被告が右異議申立てについてした決定が行政庁の公権力の行使として抗告訴訟の対象となり得ることは明らかである(行政事件訴訟法第三条第一項、第三項)。そして、原告は右異議申立ての当事者として、その審理手続が法定の正当な手続によってなされることについて重大な利害関係を有するものであって、もし審理手続が適法性を缺くときは、正当な行政手続によって審判を受くべき利益を侵害されるから、裁判所にその是正を訴求する法律上の利益があるものといわなければならない。よって、被告の本案前の前掲主張は採用することができない。
二 本案について
原告主張の請求原因中、前掲一、二の事実および右事実中、被告が原告の異議申立についてした決定に理由の附記がないことは当事者間に争いがない(なお、≪証拠省略≫によれば、被告から原告あてに送達された右決定の通知書には原告の製造している合成樹脂製六つ折函数尺を計量法第一二条に規定する計量器であると決定した行政処分を不服とする事案についての決定として、ただ単に「異議申立ては認められない。」としか記載されていないことが認められる。)。
ところで、行政不服審査法第四一条第一項、第四八条は裁決書に理由を附記することを要する旨規定しているが、その趣旨はこれにより審査庁の判断を慎重ならしめ究極においてその公正を担保するにあるから、行政不服審査制度の意義に照すときは、決定理由は裁決書の必要的記載事項であって、その記載を缺く裁決書はこれを取消すに値する瑕疵があるものと解するのが相当である。してみると、被告が原告の異議申立についてした前記決定は前示のとおり理由の附記がないのであるから、違法であって、取消を免れない。
三 結び
以上の次第であるから、その取消を求める原告の本訴請求を正当として認容すべく、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 駒田駿太郎 裁判官 小木曽競 海保寛)
<以下省略>